ある子爵家の事情

 幼い嫡男が死んだ。
 一族は外国から嫁いできた母親を責めた。
 その後は子宝に恵まれず、爵位はいずれ当主の義弟に渡るかと思われた。

 そこに、娘が産まれた。娘は忌み子だった。

 一族は再び、母親を責めた。
 嫡男の残した穢れが母親に宿り、娘の魂に疵をつけたのだと囁く者もいた。

 それでも両親は娘を愛した。
 二つとない宝だと心から慈しみ、守り、育てた。

 父は穏やかで優しい男だった。
 妻子を愛してはいるが、周囲を黙らせるほどの器量はなかった。
 母は大らかで溌剌とした女だった。
 罪の意識を娘に悟られぬよう、どんな誹りも笑って受け流した。

 娘は健やかに育った。
 自らの立場をよく理解し、模範的に振る舞った。
 真に心を許せる友など居なかったかもしれない。
 それならそれで、別に良かった。
 強くあろうと心に決めた。




「どうかしたの?」
 振り返ると女性が立っていた。
 神学の特別講師。扱いやすそうな若いのが来たと、誰かが話しているのを聞いた。
 ライフォスの神官が強く穢れを忌避していることは、これまでの人生で嫌というほど感じてきた。深く関わるべきではない。無意識にそう判断して下がろうとすると、腕を掴んで引き止められた。
「待って。…リボンが解けているわ」
 リボンどころではなかった。髪は乱れ、肩には蜘蛛の巣が掛かっていた。級友のたわい無い、陰湿な、戯れ。相手にするのも面倒な幼稚な人たちが、世間には何と多いことか。
 思いを馳せる間にも講師は埃を払い、丁寧に髪を梳かし、結い直してくれた。その指が角に触れた気がしたが、彼女は何も言わなかった。
「できた。きれいな髪ね」
 彼女が満足そうに口にした瞬間、一房の髪がこぼれ落ちた。
「あ、あれ?ごめん、やり直すね?」
 狼狽える顔は失敗を誤魔化す子供のようで、髪と格闘している彼女はどことなく可笑しかった。
「もう!笑わないの。あっ…会議があるんだった。またね、ユーフェミア!」
「…ごきげんよう、グレンジャー先生」
 手を振り、駆けていくなど、褒められた振る舞いではないのに。
 再びこぼれた髪が優しく頬を撫でた。


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母親はリオス出身。
ラスベートにいる母の親族を頼って、オイフェは旅に出た。
伯爵位を引っさげてお家に帰るのが目標。
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